月姫舞踊 ちゅぱ×3








 リビングで紅茶を片手に帳簿に目を通していた秋葉。
 整った眉を少ししかめた後、カップを置いて琥珀を呼んだ。

「……琥珀、ちょっといいかしら?」

「はい、何でしょう?」

 琥珀が怪しげな色をした石鉢とすり粉木を携えてやって来ても、秋葉は全く
気にした風でもなく質問を続ける。

「兄さんが来てからこっち、やけに『日常消耗品』の金額が増えているみたい
だけど……琥珀、何故かわかる?」

「はいー、志貴さんのことでしたら靴のサイズから女性の好みまで何でも」

「理由を訊いているのだけど?」

 周囲の気温が変化したことに気付き、しかし琥珀は秋葉に見えない角度から
冷や汗を流しつつ口を開く。

「えーとですね、志貴さんのプライバシーに多大なる関係がある問題ですので
……私の一存ではお答えしかねます」

「喋るプライバシー侵害生物のくせに、今更何を?」

「あらあら……そんなこと言うと、昨夜の午前1時23分から約67分に渡る
秋葉様のベッド周辺の暗視盗撮映像・ド○ビーサラウンド5.1ch版を志貴
さんにお届けしちゃいますよ?」

 その身にどんな覚えがあるのか、秋葉は顔どころか髪の毛まで真っ赤にして
言葉に詰まった。
 だが次の瞬間には立ち直り、わさわさとそのまま檻髪を展開して琥珀を威嚇
する。

「琥珀?」

 見た目はフレンドリーににっこり笑ってはいるが、こめかみに力強く浮かぶ
血管を誤魔化す程の効果はない。
 琥珀は着物の背中の辺りがもの凄い勢いで湿り気を帯びて行くのを感じつつ、
袂から金色の円盤を取り出した。

「とりあえずコピー・その3はお渡ししますが、1と2はまじかるひみつ穴に
隠してありますし……私の生命反応が停止すると、自動的に志貴さんの部屋に
エンドレスな大音響で全編ノーカットど迫力大映像が投影されちゃいますよ?」

「…………」

 渡されたDVDを手に、秋葉は大いなる溜め息を吐いてから檻髪を解いた。
 琥珀の言うことはどこまでが冗談かわからない上に全てが事実かもしれない、
琥珀の底を知ることが出来る日は来るのだろうか……とか何とか思いつつ。

「ご理解いただけて嬉しいです、秋葉様。こないだ徹夜で志貴さんのお部屋に
スピーカーの設置・調整をした甲斐があったと言うものですよ」

 これはブラフかもしれない、でも琥珀のことだから本当にやったのかも。
 危うく檻髪で胸を貫きそうになっていたことを思い出し、今度は秋葉が冷や
汗をかいたのだった。

「それはそれとして、志貴さんのベッド周辺の暗視盗撮映像・ドル○ーサラウ
ンド5.1ch版が私のライブラリにありますが」

「見ます! いや見せなさい! ……お願い、見せてぇ!」

 段々と気弱になって行くのが何とも情けないが、これが間違いなく遠野家の
現当主の姿である。

「どうしましょうかねー、何せ怪奇私生活暴露物体とまで言われましては……」

「そこまで言ってないでしょう! ……いえ、ごめんなさい琥珀。後で兄さん
をだまくらかして貴方の妙ちきりんな薬を飲ませてあげるから、ね?」

 1度卑屈になると、どこまでも卑屈になることが出来るようだ。

「そうですね、志貴さんは私の薬にかなり警戒し始めましたから……この屋敷
に来た頃は、何の疑いもなく琥珀印の粉ジュースとか舐めてくれてましたのに」

 もう注射か食事に混ぜるしかないですね、と1人で頷いている琥珀を眺める
秋葉の表情はそれはもう途方もなく呆れている様子であった。

「それはそれとして、コレクションを集める者は少なからず同志を探して自慢
したい気持ちが根底にないとも言いきれない微妙なところがありますから……
その点秋葉様なら本気で心底羨ましがってくれそうですし、同志だけにどうし
ましょう?」

「……赤きサイクロンと呼んで結構よ」

「それでは秋葉タヴァリーシ、まじかる映写室へごーです」






『…………』

 黙々と何かの作業に没頭している、壁一面に映し出されたベッドの上の志貴
の画像。
 耳鳴りがする程の大音量は、志貴の息遣いだけではなく……その作業に伴う
わずかな音までもはっきりと観客の心をガッチリキャッチで離さない。

「どうですか、秋葉様?」

「…………」

「きゃー! 秋葉様、ほらほら血! 飲んでください血!」

 目を血走らせながらも盛大に鼻血と涎を垂れ流している秋葉に気付き、琥珀
は慌てて部屋に備え付けの冷蔵庫からラベルの貼られていないパックを出して
秋葉に渡す。
 犬歯でそれを噛み千切り、だくだくと口の中に流し込みながらも秋葉は映像
からそして音声から逃れることは出来なかった。






「そんなわけで、経費削減会議を開催します」

「帰るなり一体何かと思えば、家計簿とにらめっこかよ」

 志貴は机の上に鞄を放り投げると、何故自分の部屋にこの屋敷の住人が集合
しているかを考えることもなく椅子に腰かけた。

「兄さん、この会議は主に兄さんの無駄な地球資源消費を食い止めるのが目的
ですよ?」

「無駄って……部屋の電気はこまめに消してるし、シャワーだってこないだ俺
が自分で節水ヘッドに交換したし……そうそう、トイペもちゃんと秋葉の指定
通りに1回30cmまでしか使ってないぞ!」

 何とも地味な反論だが、志貴は大真面目だった。

「志貴さん、実に惜しいです。紙は紙でもティッシュペーパーが問題なんです」

「……何ゅ?」

 ティッシュと聞いて、志貴の顔から血の気が引いて行く。

「ま、まさか琥珀さん……」

「私はそんなつもりはなかったんですが、秋葉様がどうしても志貴さんの様子
を観察する為に盗撮してくれと……」

「ちょ、ちょっと琥珀!?」

「ねぇ、あ・き・は・さ・ま?」

 琥珀が袖からちらりと覗かして見せた劣化なしのデジタルコピー媒体を見て、
秋葉はがっくりうな垂れた。
 志貴のものであればちょっと違う反応であったのだろうが、残念ながら『秋』
の字が見えてしまったのだ。

「と、とにかく兄さんの地球に優しくない発電がいけないんです!」

「何を言うか、火力みたいに化石燃料使って廃ガス出すわけでもないし原子力
よりもクリーンで風力と違って風がなくてもOKだし地熱よりも熱い俺の心は
ダムから流れ落ちる水よりも強い勢いで迸るんだぞ!」

「で、その奔流は肌触りの心地いい紙切れで受け止められる……と?」

「その通りです、はい」

 秋葉の睨眼に、志貴はあれだけ力説したのにあっさり屈服した。

「……志貴様はアベレージ2回パーデイ、最大で6回パーデイの記録を持って
います」

「あらあら、『翡翠ちゃんは見た』って感じですね。さすがストーキング大帝
ですよー」

「琥珀、私が見たのは3回だったけど?」

「勿論6回のも保存してありますよ? と言いますか、志貴さんが初めてこの
お部屋に入られてからずっと記録用2台編集用4台バックアップ3台で運用を
続けています」

「うっ、うああああああああん!」

 志貴はやおら椅子から立ち上がり、涙をまき散らせながらドアに飛び付いた。
 が、最後にドアを閉めたのが自分であるのに関わらず……鍵を閉めた覚えは
全くないのに、何故かドアは開かなかった。

「まじかるオートロックですよ、志貴さん」

「でもまぁ、花も恥らう年頃の娘が口にするのも何ですが……折角私達がいる
のですから、回りくどく言うと私達に吸わせてくださいな」

「すんげー直接的」

「では、吸わせなさい」

「命令かよ!」

「いえ、吸います」

「決定事項!?」

「吸え――――!」

 その声と共に、秋葉を含め3人の娘達が志貴に群がりベッドに引きずり込む。
 志貴の口は琥珀の唇に塞がれ悲鳴も上げられず、彼女達を押し退けようと手
を動かすも翡翠に関節を極めながら指をしゃぶられ……床を踏み締めて逃げる
べき両足は、秋葉があっと言う間に下ろしたズボンと彼女の紙コップ満杯の水
を零さずドリフトコーナリング出来そうな程に絶妙な重心移動で自由に動かせ
なくなっていた。

「では兄さん、ご馳走になります」

「んむー! んむれろんむんぐー!」

 ちゅぱ。

 ちゅぱちゅぱ。

 ちゅぱちゅぱちゅぱ。






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