へなちょこマルチものがたり

その202「フルーツ果汁200%」








「最近ちょっと思うところがあるんだ」

「はやや!? まさか私に至らぬところがありまくりで、遂に愛想が尽きたと
申されるのですかっ!?」

「いや至らぬところは確かにその通りなんだけど、別に気にしてないってーか
むしろ諦めてるからその点に付いては安心してくれ」

「ほっ……」

 本当に安心するなよ。

「……で、浩之さんは何事を考えていたんでしょう?」

 うっすい胸をなで下ろしたマルチは、心底安堵したように微笑みながら俺の
顔を見上げてくる。
 あんまり可愛すぎて平常心を保つことさえつらい、ああもう何なんだよこの
可愛いすぎる存在は。

「いや……何と言うか……そうだ、塩だ。マルチ、天然の塩の作り方を知って
いるか?」

「はい? 確か、海水を大きなお鍋でぐつぐつ煮詰めて、塩の結晶を……」

「うん、それも方法のひとつだな」

 俺が頷くと、マルチは何かを思い付いたように掌を打ち合わせた。

「あ! 浩之さん、お料理に天然素材のお塩を使えって言いたいんですね!」

 返答する間もなく、彼女の目がキッチンへと泳ぐ。

「最近は○ルピス代がかさむもので、つい普通の食塩を買ってましたから……
でもさすが浩之さんですね! 少しの味の違いがわかるなんて!」

「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃない」

「ほえ? じゃあ、お刺身のワサビを天然モノにしろとか……」

「それも違う」

「じゃあじゃあ、お米を研いだり炊いたりするのにミネラルウォーターを使う
ようにしろとか!?」

「だから違うって。マルチは日々精進してるから、料理も段々上手になってて、
別に俺も『これは出来損ないだよ』なんて言えるような贅沢な舌は持ってない」

「う〜ん……? だったら、浩之さんは何がご不満なのですかぁ?」

 不満なんか持ってない。
 それに高価な素材を使わなくたって、マルチの料理の腕前には、何ら文句を
付けるところがない。
 悪くてもレシピ通り、上手く出来れば俺の好みに味を調整したりしてくれる
んだから。
 ……たまの失敗を除けば、だが。

「さて……本題に入ろうか」

「あ……なるほど。今までのは、お話の枕だったわけですね」

「うむ」

 俺は無駄に大袈裟に頷きながら、ソファーに踏ん反り返った。

「今夜の飯だが……メニューに果物ジュースを付け加えて欲しい」

「ほえ? え、ええ、それくらい構いませんけど……」

「よし、聞いたぞ! 構わないと言ったな!?」

「……はっ!? ま、まさか!」

 ニヤリ。

「例の生絞りジュースが気に入っちゃってなぁ……ま、野菜でもいいんだけど」

「や、やっぱり……ううっ、あんな恥ずかしいことをまたさせられちゃうとは
……しかし恥ずかしがりつつもあの嬉しそうな浩之さんの顔をまた見てみたい
という淫らなココロを持つ私も確かに存在しているのですぅ……」

「そうかそうか、なら問題はクリアだ。早速買い物に行くとするか」

「はっ、はい……」

 俺が立ち上がっただけで、赤くなったマルチの頬の色が一段と濃くなる。
 瞳を覗き込むと、彼女は湯気を出しそうな勢いで顔を逸らしつつも、そっと
自分から手を握り締めてきた。






「お料理が出来ました、浩之さんっ! 仕上げてテーブルに並べるだけですっ」

「おう、あとはジュースの用意だな!」

「は、あ……あうあう……はい……」

 買ってきた材料をあらかた使い尽くし、残るは山と積まれたフルーツ。
 1杯分や2杯分ではとても消費しきれないその量に、マルチは困惑気味だ。

「あのう……ジュースは、ご飯の後にしませんか?」

「何を言う。食ってる最中に喉が詰まったらどうするんだ? すぐさま綺麗な
水を用意してくれるのか?」

「う、ううっ、それはココロの準備の問題で……無理ですぅ……」

「だったら先に飲み物を用意しておかないとな!」

 嬉々としながら果物を手に取る俺へ、恨めしそうな視線を向けてくるマルチ。
 これがまた、本気で嫌がっているわけではない……妙な期待をしていそうな
眼差しだから、俺も悪乗りしてしまうのだ。

「そんじゃマルチ、とりあえずこれ全部食え」

「はいっ!?」

「聞こえなかったか? 全部食って、全部フレッシュジュースにしてくれよ」

「は、はい、聞こえましたけど……その……全部、ですかぁ?」

「うん、全部」

「でも、でもでもっ、全部だとすんごい量になりますよ!? 5リットルとか
10リットルとか!」

「俺の目算だと7リットルくらいだが、まあ、製造過程を眺めているのもまた
一興であるのことよ」

「ひ……浩之さん、ホントに鬼畜さんですぅ……」

 本当に嫌なら拒めばいい。
 それをしないということは……マルチ自身、内心では少し喜んでいるに違い
ないんだよな。

「う、ううっ……それじゃあ、いただきます……」






「ふあぁ……これで、ぜ、全部……ですぅ」

 排にょ……いや、絞り立てのジュースを作り終えて、ぐったりとうな垂れる
マルチ。
 その紅潮した頬や肌を優しくなで上げつつ、俺は労をねぎらう。
 勿論、マルチが赤くなっているのは……俺がその全過程を、特等席で真正面
から余さず観察していたせいだ。
 薄黄色、黄色、橙色……果物を柑橘系に偏らせていたから、とても目の保養
になる光景だったぜ。

「よく頑張ったな、マルチ。食べては出し、食べては出し……お陰で美味そう
なフルーツジュースが……えっと、8リットル弱か。予想より少し多かったな」

「やんやん、恥ずかしいから言わないでくださいっ」

 そこは恥ずかしがるポイントじゃないと思うんだが。
 いやそれはともかく、これで準備は整った。

「よし、マルチ。これ全部飲め」

「……はい?」

「飲むんだよ、ジュース」

「え、浩之さんがお食事中に飲むんじゃ……?」

「いや、俺はまだ飲まない」

「ま……だ……?」

「うん。コップ1杯分になるまで何度でも繰り返してもらうぞ、覚悟しろよ」

 マルチは、全てを察したように天を仰いだ。

「あ……ああ、それで、塩のお話……を……」

 そう。
 マルチの体内に入った水分は、一部が消費されて排出に至ることは今までの
長年に渡る実験と観察で確認済みだ。
 つまり今し方作ったフルーツジュースを飲ませれば……濃縮に濃縮を重ねた
特濃ジュースが飲めるというわけだよ!

「綺麗な水は別に出すんだぞ。それはそれで風呂を炊くのに使うから」

「あうう……そっ、そんな辱め、今まで受けたことがないのですよっ!?」

「ん? 嫌だったら別にいいんだぞーう? ただ、俺の頼みを聞いてくれれば
……今夜はお返しに、マルチの頼みを何でも聞いてやるんだけどなあ?」

「は、はうっ……はうはうはうはう」

「それとも、自分で出したジュースが飲めないとでも?」

「の、飲みます! たかが8リットル、浩之さんが後悔するくらいのお願いを
聞いてもらう為ならば平気ですっ!」

 ごくごくごくごくごくごく。

「え……俺が後悔するくらいって、一体どんな……」

 『自分の出した綺麗なオレンジジュースを飲むなんて……』とか、そういう
恥じらいを少し期待していたのに、マルチはお構いなしだった。

「ぷはーオレンジ! 次ください!」

 ごくごくごくごくごくごく。

「ぷはーレモンすっぱー! 次をっ!」

「う……うん、でもお願いって……?」

 ごくごくごくごくごくごく。

 ……………………。
 ………………。
 …………。






「さあ! 一部始終を見られながらで未だに死ぬ程恥ずかしいですが、これが
まごうことなき天然濃縮フレッシュジュースですっ!」

「えー? まだ2リットルじゃん」

「ちなみに飲んでいてこれ以上濃縮しても美味しくないと思いました! 折角
こんな思いをしたんですから、せめて美味しく飲んでいただきたいので!」

「そ、そうか」

 ジュースの一時保存用に用意したペットボトルが数本転がっている。
 マルチは、その飲み口を含んで、一気飲みして、更に最も恥ずかしい部分に
添えて……。

「何を舐めようとしてるんですか浩之さん」

「あ、いや、つい……」

 拾ったペットボトルを、名残惜しい気持ちを必死で堪えつつ元の場所に戻す。
 思う様ぺろぺろして見せて、マルチの恥じらいっぷりを眺めたかったのに。

「おし、んじゃ味見代わりに200ミリリットルだけ出してくれ」

「はいっ!? コップで飲むんじゃないんですかっ!?」

「誰がいつそんなことを言ったのかね?」

「……い、言ってないですぅ……」

「うむ」

 ジュースを出し終えたマルチが、隠すようにふきふきしていた股間へ遠慮も
何もなく顔を近付けてゆく俺。
 対してマルチは、ペットボトルを舐めさせておけばよかったなー、みたいな
後悔の念がありありと読み取れる。
 いや、何にしろペットボトルの後はこうする予定だったけどな。

「はぷっ」

「やんっ」

 出せ、と舌先で刺激を送ってやると、甘く爽やかな酸味が口の中に広がる。
 マルチの言う通り、実に濃い……紙パックの濃縮ジュースなんて比較にすら
ならないくらいだ。

「ん、あ、ああ……浩之さんっ、ど、どうですかっ」

「んぐ、んぐっ……いやぁ、マジで美味い! 俺の考えに間違いはなかった!」

「そっ、その、飲む方法とか……そもそも作り方からして間違ってるかと思い
ますけどぉ……」

「うん、それは後日考えることにしよう。んで、次は?」

「つ……次、って?」

「わかってるんだぞ? 綺麗な水はちゃんと風呂場に行って出してたし、今も
オレンジジュースの味しかしなかったからな」

「あっ……」

 ほんのちょっとの雫なんかはともかく、自分の意思で出し分けが出来るって
証拠だ。
 その気になれば、ミックスジュースだって可能だろう。

「え、ええと……ふあ、あ、ああっ」

「れろれる、れろ……次は、何味かな?」

 フルーツ的じゃない風味や舌触りを感じつつも、俺はマルチをせっつく。
 すると、彼女は感極まったように俺の頭を抱き寄せ、股間に押し付けながら、
果物よりも甘ったるい声で言った。

「つ、次は……し、新鮮で、き、きっ、綺麗な……グレープフルーツジュース
ですぅ……♪」






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