痕〜きずあと〜SS

柏木家みんなでお出かけ・中編






俺達は電車で目的地に向かうことにした。戸締まりをしてみんなで駅に向かう
途中、千鶴さんが不穏な動きを始めた。

「ねぇ、耕一さん?」

「え?」

ふにっ。

初音ちゃんと梓は2人並んで先頭を歩いている。次に楓ちゃんが、最後に俺と
千鶴さんが並んで歩いていた。が、俺は不意に腕に感じた感触・・・千鶴さん
の胸の感触を理解するまで、少々時間がかかった。

「ど、どうしたの?千鶴さん」

「あのう・・・腕を組んだりしたら、迷惑ですか?」

そんなことを言いながら、もうすでにしっかり組んでしまっている。俺は梓が
怒り出さないかと思ったが、そんな心配をしている自分が寂しくなってきた。
梓のやつ、あれだけ謝っているのに・・・。

はぁ。

梓の方を見るとこの状況に気付いているのかいないのか、こちらの方はちらり
とも見ずに初音ちゃんとの会話を弾ませている。

「別に・・・迷惑なんてことないよ」

「じゃあ、しばらくこのままでいさせてくださいね」

千鶴さんの嬉しそうな表情を見ながら、俺は別のことを考えていた。確かに、
千鶴さんも女性なだけあってそれなりに胸もある。だが、やはり梓に比べると
見劣りするというか、腕に感じる感触もかなり差がある。

「耕一さん・・・何を考えているんですか?」

そんなことを考えていたら、千鶴さんが低い声で俺に訊ねた。やばいな、俺の
考えていることは何となくわかってしまうんだった。こんな時は、柏木の血が
恨めしくなる。おちおち妄想もしていられないからな。

「うん、今日の予定なんかを少し」

ばれているのはわかっているが、まさか『やっぱり梓の方が大きい』なんて、
面と向かっては言えない。いや、面と向かわなくても言えないのだが。

「そうですか・・・」

納得のいった顔ではないが、とりあえず勘弁してくれたみたいだ。俺がほっと
していると、前方に怪しげな気配を感じた。

「・・・・・」

覚えのある気配。梓に教えようかとも考えたが、何だかそんな気分にはならな
かった。ま、自分で気が付くだろう。






「梓せんぱぁ〜い!お早ようございますぅ」

やはり。日吉かおり、梓の後輩だ。どうも梓をその毒牙にかけんと狙っている
らしいが・・・。何故か行く先々で出会うな。梓探知器でも持っているのか?

「あれ、かおり?何でこんなところに」

「やだぁ、梓先輩のお家にいくところだったんですぅ。先輩と2人で、私達の
今後の関係について語り合おうと思って」

「か、関係?!」

この娘はどこか得体の知れないところがある。危険な匂いがするのだ。

「もしかして、これから皆さんでお出かけなんですかぁ?」

「うん、ちょっとね」

ぽりぽり。

頬を掻きながら言う梓。困った時の癖だ。この娘のことだから、きっと『私も
御一緒していいですかぁ?』なんて言い出すに違いない。梓もそれを気にして
いるのだろう。

「よろしければ、私も御一緒していいですかぁ?」

やはり。行動パターンが読めてしまう。そんなところは梓と似ているのかな。

「え・・・」

案の定、梓は俺に助けを求めるようにこちらを振り向く。が、千鶴さんと腕を
組んでいる俺を見て視線が凍り付く。慌てて千鶴さんと離れようとしたのだが
存外にしっかりと掴まれていて、離れることが出来ない。

「・・・〜っ、耕一っ!何やってんだよ!」

「あ、いや、これは・・・」

何とか千鶴さんから離れる。千鶴さんには悪いが、これ以上梓との仲が険悪に
なるのは俺の望むところではない。

「せんぱぁ〜い、あちらも仲がいいようだし、こっちはこっちでよろしくやり
ましょうよぉ〜」

くねくね。

妙な踊り(?)をしながら、梓の腕にしがみついている。

「よ、よろしくって何なんだよ!」

かおりちゃんを振り払いながら、梓はこちらに歩み寄ってきた。

「耕一っ!お前、本気なのか?!」

「ほ、本気ってどういうことだよ・・・」

「どうもこうもない!耕一とは金輪際縁を切る!!」

おいおい。そこまで言うことはないだろうに。温厚な俺でも限界があるぞ。

「・・・そうかよ」

少しも人の話を聞こうともしやがらない。こんなやつ、知るか!

「こ、耕一さん?」

千鶴さんが俺達を心配したのか、声をかけてくる。俺は気持ちを切り替えて、
何事もなかったように反応した。

「何だい?千鶴さん」

「何って・・・その・・・」

「さぁさぁ、喧嘩はやめだ。かおりちゃんも一緒に水族館に行こうぜ。人数が
多い方がきっと楽しいって」

「お兄ちゃん・・・」

「・・・・・」

「本当ですかぁ?ありがとうございます!先輩、一緒にコバンザメ見ましょう
ね!」

こ、こばんざめ・・・この娘はわからん。

「・・・くっ」

両の拳を強く握り締めた梓を、俺は出来るだけ見ないようにしながら再び歩き
始めた。






水族館に着いた。電車の中では気まずい雰囲気がみんなを包んでいたが、いざ
水族館についてみると、初音ちゃん達も嬉しそうにしていた。

「わーい!わたし、水族館って初めてだよう!」

「・・・・・」

「あら楓、そうなの?じゃ、随分楽しみにしてたのね・・・」

そんな中、俺と梓の間には未だ暗い空気が流れていた。






水族館の中に入ると、どうやら鑑賞順路が3通りに分かれているようだった。

『深海コース:右、南海コース:中央、その他:左』

その他って何なんだよ・・・。

「わたしは深海コースがいいな」

「・・・・・」

「そうね、どれか1つだけってわけでもなさそうだし、とりあえず深海コース
から周ってみましょう。みんな、それでいいかしら?」

それとなくみんなをまとめようとする千鶴さん。やはり、家長としての性なの
だろうか。

「あたしはいいよ」

「私は先輩に付いていきますぅ!」

だきっ!

「こ、こら!離れろって」

戯れる2人を横目に、俺は1人考え込んでいた。もちろん梓のことを・・・。
俺は、ゆっくり考える時間が欲しかった。

「耕一さんは・・・どうですか?」

「俺は・・・」

考え込んでいる俺を心配したのか、千鶴さんが声をかけてくる。

「悪い、ちょっと電車で酔っちまったみたいだ。少し休めば治ると思うから、
ちょっとみんなだけで周ってきてくれよ。俺はそこのホールにいるから」

「そうですか・・・1人で大丈夫ですか?」

「うん。じゃ、そういうことで」

俺はみんなに背を向け、『中央ホール』と書かれた案内板の方へ歩いていく。

「耕一お兄ちゃん、大丈夫かなぁ・・・」

「・・・・・」

「いいって、あんなやつ放っておけよ。それより早く行こう」

梓のよく通る声が俺の耳に入った。ちょっと心に寒いものを感じながら、俺は
ホールに向かった。






「ふぅ・・・」

いくつかあるソファーの1つに身体を預け、俺は天井を眺めた。

「どうしたもんかな・・・」

何だか頭が混乱しているみたいだ。梓のやつ、本当に俺のことが嫌いになった
のだろうか。それとも、いつものように単にへそを曲げているだけなんだろう
か。俺は後者の方だと信じたい。だが、今回はいつもとはちょっと違うような
気がする・・・。

「うーん」

とりあえず、様子をみて・・・その時考えよう。

「ふぁ・・・」

慣れない考えごとをしたせいか眠くなってきた。ひとまず対策(?)も立てた
ことだし、みんなが来るまで1眠りしようか・・・。






「・・・・・」

「・・・いち」

ん・・・?

「耕一ってば」

これは・・・梓の声か?遂に夢にまで見るようになっちまったのか。

「起きてよ、耕一」

・・・夢じゃないみたいだな。俺は目を覚ますと、目の前の梓を見て少しだけ
驚いた。

「梓か?」

「他の誰に見えるってんだよ」

そりゃそうだ。どこから見ても梓にしか見えない。

「・・・それで、一体どうしたんだ?」

「どうしたって・・・耕一のことが心配で見に来たんじゃないか」

腕時計に目をやると、俺が寝入ってから30分程しか経ってない。だが、これ
だけ時間があれば1コースくらいは周れたんじゃないだろうか。

「みんなはどうした?」

「深海コースを周ってきたら、耕一が寝てた。時間も時間だし、みんなは昼食
タイムだよ」

飯か。そういや、俺も腹が減った。

「とりあえずみんなには先に行ってもらって、耕一はあたしが見てるからって
・・・」

おや?何だかさっきまでと態度が違うな・・・機嫌が直ったのか?

「あたしがってお前、俺のこと嫌いになったんじゃなかったか?」

「そ、それは・・・」

ふぅ。

俺は小さく溜め息をつくと立ち上がって言った。

「まぁ、いい。早くみんなのところに行って飯を食おう」

「ま、待ってよ・・・」

きゅ。

梓が俺のシャツの袖を掴む。

「あのさ・・・もしかして、怒ってる?」

「怒るって?何をだ」

心当たりはある。が、そんなことはおくびにも出さず吐き捨てた。

「その・・・金輪際縁を切る、とか言っちゃって・・・」

「ああ、あれか」

ふぅ・・・。よかった。何だかんだ言っても、梓も結構気にしてるんじゃない
か。頭に血が上ると見境なくなるからな、こいつは。ま、いい機会だからなぁ
・・・その辺、ちょっとびしっと言ってやるか。

「何でそんなことで俺が怒らなくちゃいけないんだ?」

梓はその言葉を聞いて、一瞬嬉しそうな顔になった。

「じゃ、じゃあ怒ってないんだな?!」

「ああ、何とも思わなかったさ。だって、ただの従姉妹だしな」

「え・・・?」

梓は蒼白になった。無理もなかろう。俺だって本当はこんなこと言いたくない
んだが・・・。

「待ってよ!ただの従姉妹って・・・」

「そのままの意味さ」

するり。

俺のシャツを掴んでいた梓の手が、力なくずり落ちた。

「そんな・・・だって、あたしのこと好きだって言ってくれたじゃないか」

「嫌いになったんだよ」

「・・・・・」

こんな梓を見ていると、俺まで辛くなってくる。もう、いい加減こんなことは
やめよう・・・。

「耕一ぃ・・・本当に、あたしのこと嫌いになっちゃったの?」

ぽろぽろ・・・。

梓はその綺麗な瞳から大粒の涙を流している。それはもう止めどなく・・・。
俺はそんな梓を見て、遂に耐え切れなくなった。

すっ・・・。

梓の涙を指で拭う。

「悲しいか、梓?」

「・・・うん」

「辛いか?」

「うん」

泣きながら、こくりと頷く。俺は梓の瞳をみつめながら静かに言った。

「いいか、梓。先に言っておくが、今のはみんな嘘だ」

「・・・・・」

「お前はすぐに『嫌い』とか言うけど、言われた方の身になってみろ。それも
好いた相手に」

「・・・・・」

「俺は、本当にお前に嫌われたのかと思ってた」

梓はただただ、俺の言葉を黙って聞いている。何だか調子が狂うが、それだけ
梓にもショックが大きかったということだろう。俺は立ち尽くす梓を抱きしめ
て、優しく髪を撫でた。

「ごめんな、梓。折角お前から折れてくれたのに、また意地悪なことして」

「・・・ばか」

「え?」

「耕一の馬鹿ぁ!!」

きーん・・・。

み、耳が・・・。耳元でいきなり大声を出すな・・・。

「あたし・・・あたしぃ・・・」

ぎゅう。

梓は今までぶらりと下がっていた両腕を俺の背中に廻し、強く抱きしめた。

「耕一が本当にあたしのこと嫌いになったのかと思って・・・」

「梓・・・」

「もうあたし、耕一のこと嫌いだなんて絶対に言わない」

俺の胸に顔を埋め、小さな声で言う。

「だから・・・耕一も、あたしのこと嫌いなんて、もう言わないでね」

「おう。約束するぜ」

梓の髪からシャンプーの香り・・・俺は、梓の髪を撫で続けた。

「それじゃあ仲直りだ。喧嘩なんてもうやめにしようぜ」

「うん」

しばらく抱き合ったまま、俺達はお互いの感触を確かめ合っていた・・・。






耕一達が抱き合っている最中、物陰からその光景を見つめる影があった。それ
も2つ。

「く〜っ、先輩!あんな男と・・・きっと騙されているに違いないですぅ!私
が必ず、真実の愛に目覚めさせてあげます!待っててください、先輩!」

影のうち1つは日吉かおりだ。ハンカチを千切れんばかりに握り締めている。
また、そこから少し離れたところにもう1人いた。

「こ・・・今回は作戦が失敗したわね・・・。でも、見てなさいよ梓!年上の
お姉さまっ、の味を耕一さんに教えてあげるわ!」

こちらはどこから出したのか、信楽焼きのたぬきの頭を握り締めている。俗に
言うアイアンクローと言うやつだ。心なしかたぬきの表情もいつものお間抜け
なそれではなく、ちょっと苦しそうに見えるのは気のせいだろうか。

めらめら・・・。

時を同じくして新たな決意を燃やす千鶴達。耕一と梓は、そのことにまだ気が
ついていなかった・・・。






<続く>
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