ブロックサイン






「あっつー…」

夏休みも半分以上終わってしまったこの猛暑に、俺は先輩のうちに勉強に来ている。
まあ、なんちゅーか授業中いつも寝てた俺はそうそう成績良くないわけで、このまんま
じゃ先輩と同じ大学へ行けないわけで。

「弱冷だけどクーラー効いてるでしょ?どこが暑いのよ」
「ふっ、知恵熱だ」
「…あんた、意味分かって使ってる?」

先輩と二人っきりで勉強会!ってなシチュエーションを期待してたんだが、
どこから嗅ぎ付けたのか綾香が乱入、現在に至る、ってところだ。
マルチとセリオは7研の避暑旅行につれてかれたとかで、残念ながらここには居ない。

…まあ、同じ屋根の下にいるんだから綾香が気付くのも当然か。セバスが見張ってない
だけマシと考えよう。うん。


「…………………」
「えっ、冷房にあまり強くないので温度下げられなくてゴメンナサイ?いーのいーの、
先輩は何も悪くないから。悪いのはコイツ」
「…どういう意味よ、浩之」

決まってるだろ?部屋に熱源が増えればそれだけ暑くなるんだよ。クーラーの冷却率は
変わらないんだから。
何よりオメーが居なけりゃ先輩と二人っきりで愛の個人授業を…

「………………(ぽっ)」
「なーーんーーでーーすーーってーーーーーー?」

げっ、俺今口に出して言ってた?


そして、バトル開始。


「うー、疲れた。気分転換に高校野球見ようぜ」
「あ、今日は地元高出てるんだっけ」

いそいそとTVのチャンネルを変える綾香。
しかし、地元高というだけで自分の学校とは縁もゆかりも無くても応援してしまうのは
何故だろう?

「あ、すっごいピンチ」
ちょうど、TVではリードしていた東京代表高が、ノーアウト2、3塁のピンチを迎えると
ころだった。
ベンチの指示もあわただしい。

俺たちはしばらく、試合を夢中になって観戦していた。


「……………………」

バッ!ババババッババッ!

突然、俺たちと一緒に野球を見ていた先輩が、奇妙な踊りを…いや、ブロックサインか?

「…?」

いや、とつぜんブロックサイン出されても、さっぱりわからないんですけど、先輩。
…って、首傾げてると先輩が悲しそうな顔に…これはいかん!
先輩を悲しませる人間は藤田浩之法第27条で制裁だっ!!

とりあえず、気分を明るくしてもらうために適当にブロックサインを出してみるか…

バッ、ババッ、バババッ

「………………(ぽぽっ)」

な、先輩の顔が明るくなったかと思うと飛びついてくるし…いや、嬉しいんだけど。
と、同時に綾香が顔を真っ赤にして掴みかかってくる。
「アンタ!あたしというものがありながら姉さんに何てこと言うのよ!!」
…いや、綾香、お前は恋人じゃないし、ましてやキスすらしたこともないぞ。
と、いうか俺は何のサインを出したのか教えて欲しいのだが…それより先にこの首を絞
めている手を離してほしいのだが…

「きゅう(ガクリ)」
「ちょっと浩之!寝るなんて卑怯よ!!ちゃんと私の目を見て話を聞きなさい!!」



そして、俺が目を覚ました場所は…婚約発表会場だった。
なんか砲列のようにマイクが並んでいる…

「プロポーズの言葉は?」

バッ、ババッ、バババッ

「「「オオーッ」」」
どよめく会場。

…頭痛ぇ………


十数年後。

いろいろと波乱含みでは有ったが、芹香と俺の間にも愛の結晶が生まれたわけで。
最初の、大学と来栖川の仕事の両立は死ぬほどキツかったが、それも愛する妻と
娘のためなわけで。
そんな娘も、思春期を迎えるようになったわけで。


「ねえおかあさん、おとうさんのプロポーズの言葉ってなんだったの?」

バッ、ババッ、バババッ

芹香は、例のブロックサインを娘に…

「わ、おとうさんだいたーん」


何だ、俺は一体なんと言ったんだーーーーーーーっ!






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